昭和40年12月29日 朝の御理解



 昨夜ある方が参ってきて、御祈念が済んでからでございましたけれども、そこのストーブの所で色々、信心話をしておったんですけど、中に もう来年は六十という方なんです。話してるんです、本当に私の六十年間というものを振り返って見て、本当に嬉しかったというのは、あの時とあの時、本当に僅かだったというわけなんですね。あとは殆どが苦しい事であり、悲しい事であったと。
 私 この方の一生というものを知っとるんですけども、そういやあ 本当にそうだなあとこう思うんです。皆さん、どうでしょうか、まあ五十なら五十になられる方が、自分の一生というものを振り返って見て、やっぱり同じ様な事じゃないでしょうか、振り返って見て本当に嬉しかったと云うのは、ほんにあん時とあん時、あとは苦しい事ばっかりだった。又悲しい事ばっかりだった。
 いわゆる林芙美子のそれじゃないけれども、それこそ苦しき事のみ多かりきであったと、いう様な一生では、私は、本当に淋しいと思うですね。けれども矢張り、自分という者を振り返ってみるとです、そういう人が多いんじゃないでしょうかね。本当は。もう、本当に私の一生は も それこそ何時も自分は悲劇のヒロインであるということ、そけん私のことは一生のことを書いたら本当に小説がでけるごたる。
 本当にもう 昨日ある方がお参りして見えました。遠方に縁についておる、ちょっと難儀なことがあったんですね。それでその、子供さん連れて帰ってきとるわけなんです。もう本当に、自分で難儀と思ってるんですね 又、話を聞けば難儀なんです。そのご主人によか人がでけたというのですから、やっぱ難儀です。ね、ところがです、ところが此処にそういう事でお参りして何 四.五回もお参りしたでしょうか、四.五回もお参りしとるうちにです、今度は自分の里の方に問題が起きてきたんです。
 それはです、とてもとても自分の難儀と思うておるような難儀のことじゃない問題だったんです。そして此処、自分の心がです、その難儀がですねね、その里の方の難儀の方へ移ってしまったら、自分の難儀の方はなーにんなくなったんです。こげなことは問題じゃなか、これさえおかげ頂きゃちごたる問題が里に帰ってきて起こったんですよ。ねえ、私はもう本当に自分の事難儀なんかは問題じゃないんですね。
 もうその何回目かの時には。本当に、里が立ち行かにゃならん、里がおかげ頂かにゃならん、自分の本当に難儀な問題だと思うとった難儀な問題より問題じゃないくらいに、大きな問題が里に起こってまいりましたらです、自分の問題が、影が薄うなるなくなった。もう自分の問題は問題じゃない、この事をどうぞ先に助けて下さいという事になってきた、ところがです。
 その翌日主人が呼びにきた、俺が悪かったち て云ってから呼びに来た。それでも まあだ帰ったという訳でもないですけどもですね、又、神様にお伺いしてからち云うてからその、昨日 参ってきてるんです。こげなおかげいただいて、俺が悪かったというのじゃ、もう、その主人も過去の事は清算するつもりで、わざわざお詫びをして来とるのだから、帰らにゃいけんというてまあ申しました。
 と同時に私がその話すんですね。あんたが今まで難儀と思うておった事、この位なことなんか問題じゃないような、大きな問題が里に帰って里で起こった。そしたら自分の問題というのは、問題じゃなくなった、そして本気でそれを、難儀な問題に取り組まして頂くことになったらですね、いわば自分の難儀と思うとったのが、もうその翌々日には主人の方が、いわば後悔してですね、俺が悪かったと云うてその迎えに来た。
 ここんところにおかげを頂くという、そのコツあいというものが分るでしょうが。コツあいと云うとおかしいですけども ねえ もう難儀に取り組んでです、もう難儀がです、目の前にこうあってです、その事によってもう目の前が真っ暗になっておる訳です。これではおかげは頂かれん、自分の難儀をしておるその難儀が、一番難儀のごと思うておる。ね、もっともっと大きな問題がある。もっともっと大きな難儀がある。
 自分の問題なんかもう、小さいもんになってきてた。いや その人の場合なんかなくなってきた。そこにおかげの、受け場というものがでけることが分かる。難儀を何時も感じておる人は、おかげになりません。そこで信仰という 信心というのはです、それはあんたがあんまり、肉眼的な目をもって見るから、難儀であって、それは難儀ではないことを教えるのです。
 あんたが今 困っとる困っとる、難儀難儀というけれども、ね、それは肉眼の目で見る 近視眼的な見方をするからそれは 難儀に見えるのだけれども、いわゆる肉眼をおいて心願を開けと、こう仰るが、心願をもって、心の目をもってするとその事は、お礼を申し上げねばならない事なんだ、という事を教える、ね、それを信心とは一次元の世界から、二次元の世界。
 二次元の世界から三次元の世界、四次元というような、言わば世界があるという事。一次元の世界で見たら、これは確かに難儀である、言わば病気なら病気であるけれどもです、お金が足りないならお金が足りない、というという難儀だけれどもです、自分の心の目を開かせて頂くとです、二次元の世界に自分の信仰が進むとです、この事はお礼を申し上げねばならない事だという事になる。
 これはもう、椛目の場合を振り返って見ると一番分るでしょう。例えば、私の今度の御本部行きの問題でもそう、これを肉眼で見るとですね、ちょっぴりはがいい事もある。同時にこれは、問題は大変困った問題だという事になる。昨日の朝の御理解を頂いて分かりますように、はがゆい事だんじゃない、そこにお礼を申し上げねばおられんのであり、難儀な事ではない。
 より大きなおかげを頂かして頂く為の、神様は受けものを作らせて下さると云う事が分かる。そこにはがゆい事もなからなければ、難儀も感じない、有難いものだけをもっておかげ頂く、そこにおかげの受け場というものが、でけるという事です。私共の、過去十五年間の信心、椛目中心としてからの信心を、思うてご覧になれば分るでしょう。いわゆる 難が何時もおかげのもとになっておるという事。
 してみるとその難という事は、難ではないのだということ。私がいわばこれ 唱えておるようなものですね。この世の中には難というものはない。難とそれを思うておるのは、それは迷いなんだ、それは肉眼で見ておるからなんだ、心願で見れば難儀というものはない、はがゆい事でもないお礼を申し上げる事ばっかりであり、神愛のあらわれだ。神様 氏子可愛いと思し召すその心の表れより以外にはない。
 そこを分からしてもらう事を悟りという。そう悟らして頂いた時に私の難儀というものは、問題じゃなくなってきたという事、お互いの信心というものを、お互いの一生というものを振り返って見て、五十なら五十、六十なら六十の人が、五十年なり六十年間というものを振り返って見てです、本当に、信心がなかったら、ね、お金のある者もある、ね、いわゆるお金はなかっても、物はなかってもです。
 五十年なり、六十年間というものを振り返って見て、私の一生ぐらい難儀な一生はなかったと、ほんに考えて見ると嬉しかったというものは、ほんのあん時 一時だったと、野崎のおみつじゃないけどもね、あんなセリフがありますよ。嬉しかったのは、たった半時というわけ、ね、久松が帰ってくる、この人と一緒になれる、もう気もそヾろ、もう本当に心は有頂天になるように嬉しかった。
 けれども、もう半時の後には、その恋敵であるところのお染か、ね がやってくる、本当に嬉しかったはほんの半時であった。これは人生の一つの縮図の様なものである、私共の一生というものを、ずうっと振り返って見るとですたい、ほんとに、働くばっかり、ほんに ほんに嬉しかったちいうことは、本当に数えるだけ、本当はもう苦しい事ばっかり、いわゆる苦しい事のみ多かりき、という生涯で終ったんでは、信心を頂いとる値打ちはないという事。
 私なら私の、いわば五十何年間というせいかつを、じっと振り返って見て ねえ、大変な節もあった、難儀もあった、けれども、あの節のおかげで枝が出た、あの難儀のおかげで、この事が分らしてもろうたが、過去の一切が生きてきた。信心とは、その過去の一切がです、あれもおかげであった、これもおかげであったと、分らして頂くほどのおかげを、心に開かして頂く事だと思う。
 これからとても同じ事、だから、これからとても同じ事、問題が、どんな問題であろうが、難儀であろうがです、それは問題でもなからなければ、難儀でもないのである、神愛のあらわれであると同時にです、問題が大きければ大きいだけ、心のそこにはハァーこんだどげなおかげを頂くじゃろかと、にこにこする様なものが、私共の心の中にです、頂ける様なおかげ。
 皆さん その方が云うておられます様にです、六十年間というものを振り返って見て私の難儀と云うものは、本当にふりや口につくされん程に、難儀であったと、かと云うてやっぱりおかげを頂いて ねえ、着るに、住まうに、食べるに、不自由はしてないのですから、実は いうたらその事だけでも有難うてたまらんという信心をです、頂かしてもらわにゃいけん、でないと本当に、一生がこの世は苦の世、苦の世界であり、私の様な苦労した者は多々あるまいという様な事で、終っていかなければならない。
 自分の心が開いてくる時です、あれもおかげであった、これもおかげであったと、自分の過去の一切が生きてくる、これからも生きてくる。あるものは有難いものであり、楽しいものであるということ。難儀と感じておったのは、まよいであるということをです、迷いのその くものようなものをです、払わして頂くところの、おかげを頂かにゃいけません、それが信心。
 信心とはそれを教えてくれるものである。そしてもう一つの例を申しました様に、なる程その人は難儀なのだ、難儀 里に帰ってきた、ところが里には、それよりもっと大きな難儀が待ち構えておった、自分の難儀はもう どうでもよいごとなった。もう私この子と二人でどうでも填まってからその事の 里の難儀に取り組もうという気になった。そしたら自分の難儀はその翌々日には、もうおかげになってあらわれてきた。
 してみると里のその難儀ということも又、そういう様に自分の心から、難儀というものがなくなってくる時にです、それは次のおかげの頂けれる、大きな受けものであるという事が分かるじゃないですか。ねえ、御教に あれもおかげであった これもおかげであつたと分かる様になると、一人前の信者だと、こう仰る。過去の一切が生きてくるような、心の開け方、これからとてもです。よし、さあ難儀はあろう。
 雨もありゃ嵐もあろうけれども。雨のたんびんに嵐のたんびんに、おかげの頂けれる道を体得しておるという事が、有難いという事になるじゃないですか。信心というものは、なるほど 水にも流さるる事のない、火にも焼ける事のない、この信心さえ頂いときゃあ、どういう問題が起こってもです、その問題が大きければ大きいだけ、おかげも大きいんだ、力も大きな力が頂けるんだという事をです。過去の体験、信心にものいわせるというか、ね、
 それをおかげにして頂けるところの自信がでけた時 私の心の中に安らぎが頂けれる。本当に考えてみればみるほどに、私のような信心、私の様なつまらん者がです、ようも おかげを今日までこうして頂いてきたと、六十年なら六十年間 振り返ってみればです、本当にあれも御神意であった、神愛の現れであった、あれもおかげであった、これもおかげであったと、分らして頂くという事。私はその事を、いわば つらつら考えるのに、そういう風に私の一生が。
 苦労の連続であった一生であったとというもとはです、もうどこにあるかというとですね、慢心にある様ですね、思い上りにあるようです。信心さして頂くものは、いよいよ慢心を慎ませてもらい、自分のよかつのごたるというような、その気持ちをです、私の様なというものが、何時も信心の根底になからなければならない、そこからでないと私は今日私が申します様なおかげには、なってこないと思うですよね。
   どうぞ。